途方に暮れる夜が嫌い…

ミッツママの気まぐれ日記
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セミ江が飛んだ夜


現在、私が住むマンションは、新宿のかなりの大通りに面しています。しかし裏手には閑静な坂道だのお寺だのお墓だのがあり、言わば「騒と静」の境界線のようなエリアにあります。

横浜の実家を出て、世田谷に2年住んだ後、私がここ新宿に引っ越してきたのは、今年の春のこと。

先日、「ここは“新宿のパリ”と言われている所だそうだ。」などという、甚だ乱暴かつ知性の欠片もない話を、誰かから聞きました。

どうやら裏手にある坂道は、昔からその風情が有名らしく、確かに雰囲気のある喫茶店なんかも目に付き、何となく“画になる風情”を醸し出している。それにしても“新宿のパリ”……。

それがアリならば、“渋谷のヘルシンキ”でも、“春日部のバルセロナ”でも、何だってアリじゃないの。

そんな“新宿のパリ”にそびえる薄汚いマンションに私は住んでるわけですが、入居の決め手ともなったのは、だだっ広い間取りと窓の数が異常に多いことでした。角部屋の6階で、四方の3面がほぼすべて窓。眺めも良ければ、換気や採光も素晴らしい物件!

でも入居して1週間が経ち気付いたの。私、昼間と呼ばれる時間帯の7割を寝て過ごしていることに。

それにしても昼間の新宿区が、こんなにも明るく騒々しいとは……。
さっそく寝室には暗幕を付け、ほぼ24時間フル稼働。
窓も極力閉め切って眠るので、換気は最悪。

だもんで、この夏は地獄でした。
とにかくエアコンは付けっ放しにしないと、一瞬にして植物園の『熱帯雨林エリア』と化してしまう。目が覚めると喉が痛い日々が続きました。3歳児のように寝汗をかくも、枕を干せない不潔な毎日でした。

それでも窓を開けっ放しにできない理由―。

合計15個にも及ぶ我が家の窓、もしくはガラス戸には、『網戸』が1枚も付いていないという…。

入居を決める際にも、「網戸がないっておかしくありませんか?」と尋ねたものの、「皆さん、網戸なしで暮らしてらっしゃいますよ。」という不動産屋の返答に、「それが新宿なのね…。」と納得してしまった私が阿呆でした。

そう。ここは“新宿のパリ”です。
マンションは、正面の大通りを根っこに、坂伝いに建っています。
私の部屋は6階。しかし墓地だの森だのに面した裏手は3階分の高さにも満たないことに、住んでから気付きました。あら大変。余裕で蚊も蠅も侵入し放題じゃないの。

「都会のド真ん中だってのに、緑が見えて健康的!」などと喜んでいた森には、蝉が大量発生。夏の間、私の睡眠は、ほとんどこいつらに魘され続ける毎日。都会の蝉は、とにかく逞しい。近くの木に飽きたら、マンションの外壁に留まってミンミン鳴きやがる。


そして何を隠そう私は、蝉が怖い。
あんなものを捕獲し、飼育までする子供の美意識を疑いたくなるぐらい怖い。蝉と思しき飛行音が近くでするだけで怖い。

よって、ほとんど窓を開けずに暮らし通した8月のある夜、近所に住む女装の友達(ダイアナ)が尋ねてきました。


その日はなんとなく涼しかったため、冷房は弱めにしていた部屋に入るなり、「暑い!」と唸った彼女は、大通りに面した方のベランダのガラス戸を勢いよく開けたのです。

もちろん網戸はないガラス戸。
開けたその足元で「ジジジ」という変な音が。
そしてそのまま明るい部屋の中へ入ってきたのは、死にかけの蝉でした。


「きゃあああああああああ!」



深夜の新宿のパリにこだまする、おっさんふたりの甲高い叫び声。
そりゃ蝉もびっくりするに決まっている。


何より死にかけの蝉を侮ってはいけない。
やつらは死んだふりして突然飛んだりしやがる。

そんな知識が頭をよぎった瞬間。


飛んだ。


初めての都会暮らし。眠らない街・新宿。コンクリートジャングル。
今、部屋の中で蝉が飛んでいる……。

そして「おっさん」と言われる年齢にさしかかったふたりのオカマが叫んでいる……。
手当たり次第、近くにあるものを投げつけ、テーブルにあった飲み物は散乱させたまま、とにかくふたり手を取り合って、奥の寝室へ逃げ込んだ。

「何で勝手に人ん家の窓開けたりするのよ!」
「知らないわよ!だったら網戸ぐらい付いてる家に住みなさいよ!」
「何だと、テメエ?」
「やんのか、テメエ?」

狭い寝室で取っ組み合いをするオカマ(おっさん)ふたり。

「は!窓、開けっ放しじゃない!どんどん入ってきちゃうわよ、虫!」
「知らないわよ!」
「アンタ、責任取んなさいよ!」
「イヤよ!アタシ虫苦手やもん!」
「何だと、テメエ?」
「やるんか、テメエ?」

私は、彼女とこれ以上寝室で身を寄せていることに耐えられなかった。

「まだ、飛んでるかしら?蝉。」
「開けて見てみたらええやないの!」

そうっと寝室のドアを開けてみる。

見当たらない…。蝉が見当たらない…。

「どうしよう。見失っちゃったじゃないの!」
「なんか、モノ投げてみぃ!」

開け放たれたベランダに、カーテンがたなびいている。
服や本が散乱している。きっとあそこに違いない。

私は寝室にあったハンガーやら雑誌やらを、投げつけてみた。

ジジィィィィィッ!

「きゃあああああああ!」



予感的中!!
今度は羽をバタつかせながら、部屋の中央方向へ這い出してきた。

「殺虫剤。殺虫剤。」
「それ、ゴキジェットやないの。」
「そんなこと言ってる場合じゃないじゃない!」
「効かへんと思うでぇ、それ。」

シュー!
「きゃああああああ!」(再び寝室へ逃げ込む私)

全然死なない。

ノロノロとさらに部屋の中央部分へ侵攻してくる蝉。

引き続き、物を投げつける作戦でし抵抗できない私たち。
運動神経ゼロのオカマも、今日に限ってやけにコントロールが良い。
やれば出来る子。でも死なない蝉。

寝室へ身を潜めて15分。
汗だくになるオカマふたり。

「潰す?」
「潰してまう?」
「アンタ、片してよ。」
「イヤよ。絶対イヤ!」

人様の家に蝉を侵入させておいて、どこまで強気なのか、この大阪女装は。



「あ!すんごくイイこと思いついた。」

私の足元にあったのは、掃除機。
これならある程度の距離を保ったまま、ヤツを葬れる。

ブイイイイイン。

「吸え!早く吸え!」

1ミリでも遠くから仕留めたかったので、ヘッドを外して、床と水平にしたまま接近させていく。

ブオッ!バオッ!ブルルルン!ジジジジ…。
入った。吸った。吸い込まれた。

あとは蝉が逆流しないよう、そのままスイッチを切らずにしばらく放置し、吸い込み口に封をした。

ジジジジ…。ジジジジ・・・。

その後も、掃除機の奥で3時間近く鳴き続けた蝉。
気の毒ではあるが、オカマの部屋に迷い込んだのが運の尽き。

すっかり平静を取り戻したオカマふたりは、散らかった部屋を片付け、時折けたたましい音を立てる蝉に向かって、「うるさいよ、セミ江!もう観念しな!」などと名前まで付け、松田聖子のDVDを鑑賞したのでした。


かくして、我が家のサイクロン掃除機の中でその短い生涯を終えたセミ江を、いったいどのようにして廃棄するかが、次なる問題です。

屍であっても蝉に触れるのが怖い私は、お店の男子に「お願い!家の掃除機の中にいる蝉を捨てて!」と頼み、どうにか承諾を得ました。しかしその3日後、今度は裏手の森に面したベランダで、昼間布団を干そうとした際、またもや死にかけの蝉を踏んづけるという、思い出すだけで今も鳥肌が立つような事故に巻き込まれてしまい、我が家の掃除機には2匹もの蝉(セミ江とセミ代)の死骸が取り込まれた上、うっかり姿見の鏡を粉々に割ってしまうというドジまで犯し、どうにもこうにもフィルターを一度きれいにしないと掃除機が使えない状態になってしまったため、近くの100円ショップでゴム手袋を買い、泣きそうになりながら自らの手で、この夏の悪夢を始末したのでした。

これが、今年の夏の出来事です。

9月も終り、蝉の鳴き声も止み、ようやく「新宿のパリ」の夏も終わりました。
落ち着いたら大家か不動産屋に掛け合って、網戸を取り付ける手はずをしなくてはなりません。

実は、落ち着くには程遠い、とんでもない問題がまだもうひとつ残っているのです。
それは、また次回お話いたします。

ちなみに裏手のベランダには、今なお始末し切れていない蝉の死骸が2つ転がったままで放置されています。風が吹くと裏返って生きてるみたいに見えます。


何も贅沢は申しません。
私に平凡な都会の暮らしを……。




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